三沢市のKさんから電話を受けたが、もしかしたら…という思いがふと脳裏をかすめた。
百合茂ー安福久ー平茂勝のET産仔が産まれる頃じゃなかったかな。
ご存じの通り、今、子牛市場では一番人気の掛け合わせである。
最後の往診先になったが午後7時、牧場に到着して凛告を取る。
「10日位前に尻尾を挙げて分娩する様な気配があったけどそれっきり兆候はなく最近は乳の張りも無くなってきた。餌は普通に食べていたけど昨日辺りから食いが落ちた。分娩予定からは2週間ほど経過している。」これまでの経過である。
外陰部は締まりこれから分娩するとは見えないほど。子宮捻転を疑い産道を確認するが子宮外口は硬く締まり膣鏡で見ても捻れはなかった。
もしかして入っていない?あるいはミイラ?直腸から確認する。
収縮してパンパンな臓器が触れるがこれが子宮なのかどうか確定判断ができない。エコーで辛うじて宮阜が確認できようやく診断がついた。
Kさんに現時点での状況と今後の選択肢を話した。
帝王切開を選択した場合、子宮内で胎児が腐敗していれば母体も助からないと告げたがKさんはオペを選択した。
汚染した子宮内容をできるだけ腹腔内に漏らさない様、左側の最後肋骨をかすめる斜めのラインで、できるだけ下部の切開創とした。
妊娠子宮は一回転以上捻転していた。写真は胎児を出し、子宮を縫合した後である。暗赤色で子宮壁が薄くしかも脆かった。胎児は腹部がやや膨満していたが気腫胎では無く羊水もドス黒い色をしていたが腐敗臭はなかった。
以前、子宮頸管が全く開かない分娩を二例ほど経験したことがあった。ラリキシンやエストラジオールといったホルモンが作用しているものと考えらるが、分泌異常や標的臓器側のレセプターの発現に問題があるのかもしれない。ちなみに二例ともエストラジオールの投与には全く反応しなかった。
今回はそれに捻転が加わった。
通常は子宮頸管の捻れで子宮捻転を診断するがこの症例では子宮頸管は外見上正常であった。直腸からの診断は解りづらい部分もあるが、並行して実施して複合的に判断することが必要だと実感した。
オペの後片付けが済み取り出した胎児の亡き骸をみたら立派な体格のオスであった。順調に育てば70万はするであろうが私はKさんに対してそんなことを軽はずみに口にする気にはなれなかった。
あと数年で80歳を迎えるKさんは45年牛飼いをしてきたが腹切って子牛をだしたのは初めてだと言った。そして、子牛はダメでも親を搾れればそれでいいからと70台後半とはとても思えないシャンとした背筋でニッコリと微笑んだ。